2028中学受験(女子)

2028年 中学受験を目指す女子のパパのブログです。

算数で差がつくカラクリのひとつ(その1)

大事なことだと思うので長文です。いつか、簡潔にするかもしれません。

 

中学受験は算数で決まる、と言われています。どこの学校説明会でも概ね、

合格者と受験者で平均点で最も差が大きいのは算数です

とか言われます。

算数ができる子は天才!地頭がいい!算数はセンスだ!

などと親の教育意欲を煽るようなうたい文句も聞いたりします。

しかも近年は一教科入試で算数のみ、という受験も増えてきて、算数専門塾なんかもあります。

上の子で約6年、下の子で1年半を実際に経験し、書籍やネット、塾や学校の説明会にも

何十回と足を運んで自らも過去問を解き続けてきて、カラクリの一つがわかりました。

それは

算数は一問あたりの配点が大きい

ということです!

知ってるよ!聞いたよ!偉そうに言うな!

といった容赦ないツッコミが聞こえてきそうです。

でも他人に説明できるくらい論理的に掘り下げたか?というと、外で私の「なぜ?」に対する

答えを聞いたことがないので、本当はみんな何となくそう思っているだけじゃない?と思いました。

疑問に思ったら悩んでしまうので、私なりに何周か仮説思考して整理された結論にたどり着きました。

そしてそのことにより、

「実際には中学受験の国語も算数と同じだ。ただし一部の問題だから得点差が開きにくいんだ」

という仮説にもたどり着きました。だから、

できれば算数を得点源に、そうでなくても国語を。両方なら無敵

と言われるのだと思います。

※武蔵や渋谷教育学園の理社、海城の社会は、算国に近いと考えられる。

(初耳の方のために)

国理社の記述は「キーワード、理由、気持ち(国語)事実(理社)」を入れる、

という鉄則があるので、実は算数と同じ論理性が必要なのです。塾に通って4年生以降になれば、

徹底的に叩き込まれます。記述式の答えは無数でなく一つであると。

したがって設問自体が一つの答えに収束するようになっています。

作文と違って答えが複数になるような記述問題は、中学入試では出せません。

 

算数の特徴は

(1)一問あたりの配点が多い

(2)計算でさえ一瞬で解けるものは少なく、すべての問題に最低所要時間がある

(3)学習した内容を自分で応用し、論理展開しないと時間内に正答できない

ということです。

だから何なの?というと、こうなります。

(2)の特徴により、問題数を大幅に増やせない

よって問題数が減れば一問あたりの配点が高くなる。つまり(1)になる

ということです。そして、

どこかの問題で大幅に時間をかけると(3)のような問題で時間が不足し、

部分点すら少ししか取れなくなってくる

ということになります。

じゃあ処理系問題を増やして出題数を大幅に増やせばいいじゃないか

と考えると、公文が最強かもしれません。そしてひと昔前はそのような子どもが有利になる

時代だったといえるのでしょう。21世紀に入って、そうではなくなったのだと思います。

一方で、国語には漢字の読み書きやことわざ・慣用句・故事成語などがあり、

理科なら星座や生物、社会なら歴史や地理といった、

知識があれば秒殺で得点できる問題

が一定数あります。難関校を受ける子どもたちはおしなべて知識も身に着けてきますから、

ここで点差が開くことはないのです。算数で決まるのは算数だけが思考力偏重の傾向にあるからです。

算数は答えを一つにできるため、これができます。いくらでもプロセスや条件を難しくできます。

同じことを国語、理科、社会で行ったらどうなるでしょう?

難しくするほど、どれも正答に見えたり、問題の正当性に異議を唱えられるリスクがあるでしょう。

つまり中高一貫校は全体的に処理能力より思考力や持久力を見るようになってきたので、

そのような特性を持つ子を取るため、算数を使ってふるいにかけていると考えられます。

これは社会が求める人物の変化(昔は高性能な量産型労働者が求められた)で大学入試が変わり、

それに伴い、中高一貫校が思考力を重要視するようになったからだと私は思います。

ではなぜ今「算数入試」なのか。

大学入試改革の影響だと私は思います。就職でもガクチカなど、人間性や創造性が求められると、

大学も知識偏重でなく柔軟な思考力と粘り強く考えられる耐久力を持った学生、

あるいは自発的に目的を持ち、何を学びたいかを選んでいける学生を求めるようになりました。

大学が求める学生が変わると大学入試問題が変わる。すると中高一貫校の入試傾向も変わる。

当たり前すぎるのについつい忘れてしまうかもしれませんが、中高一貫校にとって

大学入試実績は事業継続のための最優先課題です。

なぜなら受験生の保護者の多くが、偏差値と大学入試実績で受験校を選ぶからです。

偏差値はカラクリがあり、複数回受験と合格者数の絞り込みで上げることができます。

しかし大学入試実績だけは「そもそも思考力と持久力のある子」を取れたら確率が高まるのです。

男子は特に中高で大化けする子も出てきますが、そのような子が必ずしも中学受験に臨むとは限らず、

むしろスポーツや趣味に没頭して高校受験から急激に伸びることもあります。

”歩留まり”を考えれば、中学入学時点で可能性の高そうな子を取るのは理に適っていると思います。

じゃあ男子は高校受け入れすればいいじゃないか?

と思うかもしれませんが、中高一貫校の学習スピードは本当に早いです。

中二で中学課程を終えて中三からは高校課程に入ります。筑駒や開成などの人気校でなければ、

高校から入ってくる生徒が中高一貫校の平均レベルを超えるケースは多くないのです。

そして2020、2028といった教育改革・入試改革に備えるため、算数入試によって

いざ大学入試で異変が起きても、一定数の進学実績を出せるような生徒数を確保する

という戦略も透けて見えるのです。大学入試が大きく変わらなければ、従来型の選抜で入った生徒で

一定の進学実績は出せると考えていると思います。先生方も指導方法を急には変えられませんし。

そういった先を見越して、思考力と持久力を計るために算数のトレンドは変わってきたと感じます。

塾の入試報告会に参加した方はわかると思いますが、早稲アカでもSAPIXでも日能研でも

当塾で予想した問題が〇〇中(御三家や難関校)で的中しました!

といった話が出てきます。御三家や難関校の先生方は、何とかして初見の問題をやらせたい、

と思って苦労されているそうです。それを知っているので塾のプロ達も、あの手この手で

問題を当てにかかります。その背景を知っていれば

当塾で当てました!

は、親にストライクで刺さるのです。宣伝がうまいなぁと思います。塾を活用する理由の一つですね。

まぁ塾と中高一貫校は日頃からある程度仲良くしているところも多いですから、

中学受験で集団塾を使う理由は「学力の向上だけではない」と言えると思います。

 

だいぶ話もそれて長くなってしまいましたが、算数で点差がつくカラクリの一つ(という見解)です。

思考力を養うためには、自らの経験に基づく発想の引き出しが必要です。

一方で、

「自らの発想の引き出しから頻繁に出し入れする経験こそが本当の差」

ということは、あまり言われていないと感じます。能動的に”脳”を使う力です。

言われたことはやれる良い子・・・ではなく、覚えたことで創造したい、という子。

時にうるさかったり、煩わしかったり、非効率だったり。でも本当はそれが最重要かも・・・。

仕事をしていても話題に上ることはあるのですが、

知識も経験も能力もある。でもアウトプットが出ない

という評価を受ける人が結構居ます。指示がないと引き出し開けないのかな、と。

 

算数を「ゲーム感覚で解く子」は、優秀といわれることがある気がします。

これはもしかすると

身に着けた知識や解法を使って問題をクリアしていく

すなわち

自らの発想の引き出しから頻繁に出し入れする経験

そのものではないか?と思います。

子どもには次々に新たな単元を進ませるよりも、間違っていても、合ってるけど非効率でも、

説明がたどたどしくても、アウトプットを受け止めて「自ら発信する子」にしたいと思います。

子どもの脳は発展途上ですし、一を聞いて十を知るとは、慣用表現でしかないと思います。

何かを覚えて道草が始まったら、回り道にも伴走できる親になりたいです。