前回の記事で
勉強が楽しくて仕方ないタイプだったら
(元来の、天性の勉強好きだったら)
みたいに書いておきながら、また悩んでしまいました。
girl.chugakujuken-challenge.work
結論から書くと
そんなこと考える意味はなかったかも😅
です。
悩んだ、というのも語弊があるかもしれません。それは
自分の意思で気にしてるんだよね
と自分で思うからです。
普段は興味や関心のないこと、差し迫った問題でもないのに、ましてや
答えがあるかもわからないこと
ですし。
それに今さら10代のような悩み方をするのも似合わないし🤣
自分で書いておきながら
もし天性の勉強好きだったら、中学受験が最高の機会か?
と考えたら、それこそ
勉強以外にもきっとやりたいことはあるだろう
とも思いました。
そういうタイプにとって勉強は、そもそも勉強ではない可能性があります。
何にでも好奇心が湧くタイプかもしれません。
そう考えると
勉強=受験勉強
ではなくなってしまう気がします。
それこそ小学生や中学生で世界に出るようなことをしたっていい。
今はそういう可能性が、年齢に関係なく手の届く時代だと思います。
また中学受験に絞って考えた場合、第一志望により近いのは
勉強好きよりも強い憧れの気持ち
のようにも思ったからです。
但し
他の何を譲ったとしてもこれだけは譲れない
くらいの強い憧れでなければ足りない気もしますが。
学ぶことが楽しくて仕方ない子どもは
きっとどこに進学しても楽しめてしまうので、
一番と言われている学校に行きたい
くらいの感覚なのではないかなと思います。
だとすれば、一部の超難関校を除けば
本当に譲れないくらいの熱望の方がいいのかも
と思いました。
勉強がすごく好きというわけじゃないし、
好きな科目や嫌いな科目、単元はあったとしても
目標のためならどうにかして前に進むことができる
という経験を積むことの方が、人生で役に立つかもしれないな、と。
中学受験みたいな個人戦と違い、世の中に出たり
好きなことを見つけて何かを成し遂げたいと思った時
に、楽しくなくても頑張ることができる方が、
精神衛生面でとてもよいと思うからです。
娘を見ていると
決して好きじゃないことも(自分なりに)頑張る
というのもいいのかなと思いました。
不満気に、不機嫌になりながら勉強してたら、
親としては嬉しくない気持ち
ってないですか?私は悟ってないので
できれば前向きに取り組んでほしい
楽しめるように工夫したらどうだろう?
と思ってしまう、弱く小さく単純な人間です😓
でも改善すべきは私かも
と思いました。
不満を露骨に出しながらも取り組んでいたらそれは
本人の内部で折り合いをつけて、納得して取り組んでいる証
かもしれないからです。
天性の勉強好きだったら私が楽をできたかもしれません。
自分が楽をしたかったのか・・・
と思うのは、結構こたえます😓情けないというか、まだまだだなぁと。
しかし、今となっては
「こっちの方がいいぞ」だったかも
と思うようになりました。
でも褒めすぎると
勉強することが偉いことである
と勘違いさせるリスクがあるので、
表立ってほめる代わりにそっと見守ろうと思います。
中学受験は、親も育てる効果があるのかもしれませんね😓👋