前回は人間の余白について書きました。
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今回は人ではないもので訴えてみたいと思います😅
突然ですが、料理の盛り付けはたいてい余白を残しています。
和洋問わず高級料理はその傾向が強いですが、一般的な料理でも割と余白はあったりします。
まるで「食べ物」と「料理」の境目のように。
専門家でないので私の直感になってしまいますが、もし余白のない料理が運ばれてきたら
テーブルと料理の境目は見えなくなり、まるでテーブルに料理が盛られているように見える
そのような気がします。
もし料理や食べ物がテーブルにぶちまけられていたら、食べることに抵抗感が出るかもしれません。
余白があることによって料理は存在感を確立できるし、人と料理がつながるような気がします。
逆に余白がないと核心に没入してしまうのだと思います。
昔と比べてテレビモニタのフレームはどんどんなくなっていきました。
外枠の太いテレビほど
そこにテレビがある
という存在感が際立ち、視界における画面と背景の境界線が意識できます。
境界線があるから背景と核心を区別して同時に見ているというか。
不思議に思うのですが
余白があることによって核心部分を際立たせることができる
と思うのです。
人間に話を戻すと
余白があることによってその人の個性を明確に意識できる
余白があることによって譲れない意見と譲れる意見を認識できる
という感じがするということです。
娘は今、メタ認知の入り口に差し掛かったように見えていて、
客観的・合理的に核心部分を尖らせようとしている成長段階に感じます。
自分の内面・内側に意識が向かうと、余白は意識されなくなるものだと思います。
境界線がなくなるため、これから少しずつ過敏になったりするのかな?とも・・・😱
ですがこれも人として成長するために不可欠なステップだと思っています。
核心部分を磨いた後は、また余白ができて内側と外界を区別して受け入れられるようになるかな。
私が余白がないというかへったくそな人間なので、遺伝的に無理かもしれません😭
でも子どもは親とは別人格のはず!🤣
自分でできてないくせに偉そうに言えるのも親の特権です。
そうなりたいかどうかは別としても、娘には余白の美しさを伝えられたらいいな。
みなさんも是非、身の回りの様々なものの余白を意識して見てみてください。
普段は意識しない「余白」の方です。
Excelの表も、余白がないと値が見ずらいですよね!🤣
何でこうなってるんだろう?🤔
と思うことが面白かったりしたらいいなぁと思います😅👋