子どもたちには3歳くらいからずっと
人の話を聞くことが一番大事だよ
と繰り返してきました。
「聞く」は「聴く」であり、「話している内容を理解する」です。
なのでとても難しいですし、終わりはありません。
しかし最近になって、少し疑問に思うことができました。
聞こうとすることは心がければできるだろうし、
それを繰り返すうちに理解力が深まる
と思っていたのですが、
本当にそういえるのだろうか?🤔
と。
理解できなくても聴くことが大事だよ(結果よりも過程重視)
と言ってきたはずが、
もしかしたらそもそも聴けないこともあるのではないか?😱
と思い始めています。
それは
過程が発生しないケースが少なくない
という可能性です。
たとえ素直に聞く気があったとしても、もし話の内容の5%もわかっていなかったら質問もできないし
何がわからないかを伝えることすらできない(わからないことが何なのかがわからない)
ということも起こり得ます。
たとえば知らない言語の電話がかかってきて何かを尋ねられた
みたいな状況です。しかも遮断できない、逃げられないという条件で。
塾の学習もこれに近いことが発生する可能性はあると思います。
そう考えると
相手の話の意味を理解できているかどうか
素直さというよりも、そもそも聞けているかが問題
という話になります。
でも話している相手から
そこまで話が通じてないとは思えない
と思われたら、
聞けてないのではなくて聞く気がない(=不真面目)
と捉えられてしまうと思います。
その可能性を考えると
他人の話を理解できない子どもは浮いた行動を取る可能性がある(悪意と関係なく)
親や先生の話を聞かない(無視している・反抗している)と受け止められる
ような構図も出てくるのではないかと。
話が聞けるかどうかは同じ前提がどれだけ揃っているか?にも依存するので、
頭の良しあしで片付けることはできません。
海外で英語が通じなかったら「日本人は頭が悪い」という話になるでしょうか?
まったくそんな話にはならないです。
でも事情が何もわからない海外の外国人からは、そう見えないとも限りません。
ですので子どもが話を聞いてないと思える時に、
聞く気がないと思うことは大きな誤解になることもあると考えました。
聞く気はあるけどわからないと仮定すると、そこで発生している状況は
理解できないから聞きたいと思っているのに、
親から言われる内容は「知りたいこと」ではなく、
自分が間違っているという説教(精神論)ばかり
かもしれないのです。
しかもこの状況は、早熟ではない、小賢しくない子どもの方が起きやすい。
話が通じやすい早熟な子どもの方が大人は楽なはずで、肯定的になりそうですから。
友だちが少なかったとか、言葉を覚えるのが遅かったとか、
子どもそれぞれに違いはあるだろうと思います。
人の話を聞くことは一番大事(精神論でなく生きる術として)だと思っていますが、
聞けるようになるには時間と機会がたくさん必要なんだとつくづく思いました🥴👋