ようやく夏期講習のマンスリーテストが終わりましたね😌
さて気になる娘の感想は・・・
国語はよくできたと思うよ👧😉
算数は・・・大問6が意味不明!あんなの解けないよ👧😡
社会は地名の漢字がわからなかったり色々あったけど8割くらいかなぁ?👧🤔
理科はてこやばねだったからまあまあできて7割は取れたかも👧😅
でした。
算数での課題は読解力・・・を発揮するための忍耐力です😅
文章題から図がなくなったり、文章の解釈が一意に定まりにくい書き方だと
正しく意味を理解するための労力が大きなストレスになる(思考が妨げられる)
という課題です。
これは5年生後半から6年生にかけて、さらに難関校の入試において合否を分けるはずです。
私はこれは
性格や精神力の問題でなく、技術力と経験値で対応するもの
と思っています。
自分で図を描く、補助線を入れる、簡単な数値で試してみる
私の理解では、これらは
具体と抽象の自由自在な往復
だと思います。
- 抽象的な文章でわからなければ具体的なもので考えてみる
- 具体的なものの規則性や原理を自分の言葉でまとめ抽象化する
- そして抽象化されたものと元々の抽象的な文章が同じか確かめる
1は情報収集・情報整理、2は仮説思考だと思います。
そして3は1~3を通した全体的な論理思考(まとめる力)だと思います。
これは考え方、プロセス、型みたいなものだと思うので繰り返し練習が必要です。
クセを身につけると言い換えることもできそうです。
何も言わなくても自然にこれが身につく子どもは、性格的に
「できない」にぶつかったら「創意工夫で何とかしよう」
と感じるタイプです。
普段からやっていることは、自然に精度が上がり上達しますから。
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脳の発達と知識の増加に伴い、飛躍的に思考が鋭く素早くなっていくでしょう。
軸索が太くなっていって、指数関数的に跳躍伝導が発生する箇所・比率が高まることで、
ある日突然、思考回路が別次元になった
頭がストレスなく高速回転するようになった
という感覚が生まれていくようなイメージです。そういう子どもも居るでしょう😅
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なので娘に求めているのは
わからない問題に出くわしたら、まずは創意工夫してみる
の繰り返しです。
センスがないと発達しないものではなく、型は繰り返すうちに身につくものだと思います。
期待しているシチュエーション「※プロセス」は
嫌々ながらも具体化に取り組んでみる
解けなかった(読めなかった)問題文が解ける(わかる)ようになる
今度は独力でそれをやってみる(ここが一番難しい!)
独力でやってみたらできた!
このやり方を自分のものにしたいと思う
という流れです。
強制されて身につくものではないので、自発性を促すきっかけが欲しいです。
「ここが一番難しい!」と書いたのは
あくまでも「わかりにくい問題」に自分で偶然遭遇しなければならず、
その時に「この問題いやだ」という気持ちに完全に支配されず
「そういえばこの前、創意工夫で解けたよな」と気づく
という変化が発生しないといけないからです。
人間は感情の生き物?なので、生理的に嫌だと思ったら知性は働きにくいと思います。
ましてや子どもですから🤣
そりゃ早熟な子どもが中学受験に有利になるはずですよね。セルフコントロール。
だからこそ、各単元には応用問題や発展問題があって
身につけた知識を使って、でも創意工夫しないと解けないよ😉
という問題が用意されていると思うのですが、嫌だと思ってしまうとそこまでたどり着けない😓
応用問題・発展問題まで取り組めて解ける子がすごい、伸びていくというのは、
結果論としても「創意工夫の積み上げ量が違うから」と考えられます。
そういう経験が1~2年間(4~5年生の間)で差として少しずつ積み上がり、
難関校の問題に立ち向かえる力(知識とは違う力)となるのだと思っています。
幼い子の中学受験が難しいのは、
心で嫌だと思った時に、冷静になって頭(理)で何とかしようとできないから
とも思います。幼いほど本能的であり、感情的でもあるかな、と。
子どもが
わかんない~😭
わかんない!むかつく!!😡
とか言ってるのは、既に
どこがわからないかではなく、わからない=嫌い、苦手、投げ出したい
なので、ここがわからない(理性的な話)でなく嫌だ(感情的な話)になっています。
まぁ・・・
この文章嫌い!苦手!と思ってしまうとそもそも読まないので、絶対に読めない
(文章から目を背けているのに、文章の中身を読めるわけがない)
ですから、子どもにこれを指摘しようとすればバトルになります。
理屈の通じない幼いわが子に腹が立ってしまうわけです。
本能的に生きていると思ったら、野生動物や生まれ立てのペットに置き換えてもいいです。
そこに生きるための技術を教え込んだり、芸を仕込んでいくと考えた場合、動物には
してはいけないことをすると罰が与えられる
してほしいことをすると褒美が与えられる
と考えるかもしれません。この発想が
宿題やらなかったらゲーム禁止!
とか
テストで良い点が取れたら〇〇を買ってあげる
とかに近いのかな。簡単なことならアメとムチで教えられそうですが、
困難に突き当たったら創意工夫してみる
みたいな複雑かつ自由度の高い課題が、アメとムチで教えられるとは思えません。
そこはやはり人間らしく
自分が成長したと実感できた瞬間、つまり心理的報酬
となって、自ら繰り返してみたい(研鑽したい)にならないと難しいのでしょう。
これが上の方で赤文字で書いた「※プロセス」のことです。
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できないからやっているのであって、やらなければいつまでもできない。
でも何度やってもできなかったり、意味不明な問題の前でストレスを募らせるほどに
やりたくない(目を背けたくなる)
になる。少しずつできることが増えれば、大きなこともできるようになるかな😅
中学受験を拷問や虐待みたいなものにしたくない。良い人生経験にしたい。
中学受験が賛否両論で、子どもに聞いても「つらかった」と「やってよかった」があるのは、
どこまで本人の自発的意思や、能動性があったかによるのでしょう。
でも不思議(皮肉?)なことに
その自発性や能動性の高低は、子ども本人のせいではない
と思います。伴走者として、合否以上に中受挑戦そのものの結果を意識しています。
単元の中身そのものでなく
難しいことに出くわした時に、「どう対応するか」を考えられる人間になるためには?🤔
を教えていると、算数を通して生き抜く力を教えているんだなぁと思います😅
さて今日は採点前答案が出ます。娘は生き抜くことができるかなぁ・・・🤔👋